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1,設立へ


2011年3月11日の【東日本大震災】によって壊滅した海岸の村や町の復興が進まない。

そうか、やはり、ここは植民地だったのか。
あの人たちが、隠語のように、そう呼んでいたというのか。
…わたしは、それを、けっして忘れない。 赤坂憲雄





『世界』(岩波書店)2013年1月号の特集「東北復興─置き去りにされた生活再建」の中で、民俗学者・赤坂憲雄はこう書き出しながら、阪神大震災に比べ、東北被災地では「旧に復する」ことが困難かつ不可能であることが露呈してきていること、その中で、古めかしい公共事業型のプロジェクトと、復興に名を借りた利権漁りが、政・財・官を巻き込んで大がかりに演じられていることを報告している。そして、「それにしても」という。

なんとたくさんの分断と対立の網の目が張り巡らされていることか。絵に描いたよ
うな、分断支配という名の、植民地的な現実がどこまでも荒涼として広がっている。





岩手や宮城と福島との間に、栃木や群馬との間に引き直された分断のライン。そしてどこよりも残酷に引き裂かれ、いよいよ厳しさの度合いを加えている福島は、「難民」から「棄民」へとテーマを変え、厳しい分断と対立の中で、子ども自身の意志や選択でないのにも関わらず、福島から去るもまた留まるも地獄を露呈する。「小さな正義に閉じこもって、自分とは違うもうひとつの正義に想像力が及ばない人たちが、分断と対立を煽り続けている。」と、赤坂は指摘している。


これはおそらくもっとも当を得た東北の現実である。私たちは、この現実の傍観者であってはならない。こうして東日本大震災の復興から願われているのは「人間の復興」であることは自明のことだろう。それはすでに「東北の被災地」というエリアを超えた課題である。「人間の復興」を掲げた「会議」設立の願いはここにある。

2,会議の願い


市場資本主義経済は、地球上のもの全てを〈国家・企業の役に立つか立たないか〉〈商品的価値があるかないか〉という二分法で色分けした。人間そのものもまたこの見方で価値化され、〈人材〉という言葉が、何の恐れげもなく日常語化された。


経済優先の風潮は教育の現場においても目的化され、〈競争原理〉という、およそ人間尊重の社会とは真逆な〈弱者を人間として認めない〉「人間否定」の考え方が大手を振ってまかり通っている。 大震災によって露呈したのはこうした現実である。


〈人間の復興〉というのは、このような現状への〈問いかけ〉であり、〈人間尊重〉の価値観への転換とうながしである。そして、それは急務だというのが、東北の現状からの訴えであろう。「会議」は、このような現状を語り合い、確かめながら、課題を共有する人々のつながりを作ることを通して、〈人間が人間として尊重される社会〉の実現を期したい。

3,「会議」のメンバー(会員)



設立の趣旨に頷く人はみな、この会議のメンバー(会員)である。 それぞれがもつ宗教的・政治的信条、民族の違いを超え、敬愛の精神をもって「会議」に参加しよう。

4,「会議」のスローガン


「いのち 皆、生らるべし」─リルケ「時祷詩集」より。経典の言葉を当てれば、「皆当往生」(あなたはあなたのままでよい)ということ─

5,「会議」の事業と経費


講演会・学習会など。会費は徴収せず寄付金(カンパ)で補いたい。

6,「会議」の事務所


盛岡市東仙北二丁目2ー45 岩手真宗会館内